大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)5914号 判決 1979年5月14日

原告

中央ハウジング株式会社

右代表者

小柳陸夫

右訴訟代理人

内田博

外二名

被告

右代表者法務大臣

福田一

右指定代理人

宮北登

外二名

主文

一  被告は原告に対し金八六一一万七八五〇円及びそのうち金七七三八万一七〇〇円につき昭和四八年一月一日から、金二五万七八五〇円につき昭和五〇年三月一日から、残金八四七万八三〇〇円につき昭和五四年五月一五日から各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一請求原因について

一、二<省略>

三請求原因3の(一)のうち、本件土地の所在が昭和四一年に「渋谷区広尾一丁目」と変更されたこと及び東京法務局渋谷出張所に対し請求原因1の(三)の(3)ないし(5)の各登記申請がなされ、同所登記官山田三男がそれらの各登記をなしたことは当事者間に争がなく、その余の事実については<証拠>を総合して、これを認めるに充分である。

同3の(二)のうち奥村忠之らの偽造した登記済権利証に押捺されていた「東京区裁判所渋谷出張所印」なる公印の印影のうち「區」が裏文字の「」となつていたことは<証拠>により明らかであり、前記1の(三)の(5)の登記につき、登記官山田三男が右裏文字に気付かず前記登記済権利証を信頼して同登記をなしたことは証人山田三男の証言及び現行の不動産登記手続の実際に徴して、これを認めるに充分である。そうすると登記官山田三男には右裏文字に気付かず右登記をなした点に過失ありといわざるを得ない。なお、原告は登記官山田三男は奥村忠之らの偽造にかかる葛生曄の住民票写、印鑑証明書二通、委任状三通についても、その偽造であることを看過して前記1の(三)の(3)ないし(5)の登記をなしたとも主張しているが、<証拠>によると右各偽造は甚だ巧妙になされていて形式上の審査においてこれを看過したことにつき責めらるべき点はないことが明らかであるから、この点の原告主張は採用できない。

ところで被告は、前記裏文字を看過したことにつき登記官山田三男に過失はない旨縷々主張するので検討する。

<証拠>によると、昭和四七年当時は不動産(土地)取引の最盛期で同登記事務は繁忙をきわめ、登記済証を登記官が調査する時間はきわめて短時間であること、法務省に公印規定ができて庁印の印影対照が可能になつたのは昭和三五年以降のことに属するから、これを遡ること遙かなる者の昭和一四年当時の庁印の印影の確認については、登記官の個人的経験と勘にたよらざるを得ず、しかも当時の印影は甚だ読み辛い書体であることが認められるうえ、<証拠>によると、問題の前記偽造登記済証は、当時の大成商事代表者竹森秀雄が本件土地につき原告に所有権移転登記のなされた段階で破棄し、本訴においては勿論、前記奥村忠之らの刑事事件の審理においても提出されていないので前記裏文字の印影の状況がどのようなものであるかを明らかにする由なく、一方、<証拠>によると昭和四七年六月三日受付の大成商事に対する所有権移転の本登記申請手続の嘱託をうけた司法書士宇都宮克巳も偽造登記済証に押捺された前記裏文字を看過したことが窺えないではない。しかしながら、他方、<証拠>によると、登記済証(権利書)においては、末尾の登記済印の下に庁印を押捺すると共に契印も庁印をもつてなされるが、契印についてはとにかく、登記済印の下に押捺される庁印については特に慎重になされる取扱であること及び前記偽造印についていえば「東京区裁判所渋谷出張所印」のうち、はじめの三文字「東京区」については、その他の文字と比べて今日でも読み易い字体であることが認められる。以上に加えて不動産取引における登記の重要性ひいて登記官の形式的審査の重要性をあわせ考えると、本来「區」とあるべきを「」と裏文字になつているのを看過した点、さきの宥恕すべき事情を斟酌しても、なお、登記官の審査に過失ありといわざるを得ないものである。

四請求原因4について、前段までに明らかにしたところによれば、前記偽造登記済証を看過してなされた昭和四七年六月三日受付の大成商事への所有権移転本登記ならびにその際作成された同社に対する登記済証(権利証)等を信じて原告はさきになされた本件土地売買契約の代金を完済して自己宛に所有権移転登記を経由したが、葛生曄からの別訴の提起により、これが和解に応ぜざるを得ずして遂に本件土地所有権を取得できなかつたものということができる。他方、<証拠>によると売主である大成観光も、その関連会社と称する大成商事も共に程なく倒産して本件土地代金返還の可能性は全くないことが認められる。また、前記昭和四七年六月三日受付の大成商事への所有権移転登記やその登記済証(権利証)が作成された時期は、<証拠>によると、当時の登記手続事務繁忙のため受付日から一週間ないし一〇日ほど遅れてなされていたことが認められるので、その現実の作成時期は同月一〇日から一三日までのことと思われる。したがつて原告の主張する損害のうち前記偽造登記済証を看過した過失と因果関係のある損害は右時期以降の支出分ということになる。

第二損害額について

一およそ土地売買契約において、登記官の過失により無効な所有権移転登記が経由され、これを信頼して買主が売買代金の支払をなしたが、その所有権を取得できなかつたような場合には右登記官の過失と支払つた代金相当の損害との間には相当因果関係ありと解すべきであるが、その後の土地利用などのために支出した費用までも相当因果関係にある損害と解することはできない。けだし相当因果関係とは法的帰責概念であつて、無限に拡大する可能性のある自然的因果関係の限界を画するものであるし、民法第四一六条との対比においても前示の如き場合における相当因果関係にある損害とは右のように解するのが相当であるといわねばならないからである。

二右に示したような観点から原告主張の損害について相当因果関係の有無を検討する。

1  本件土地購入代金

七六二五万三〇〇〇円

原告は本件土地購入代金七八二五万三〇〇〇円を損害として主張しているが、前記登記官の過失と相当因果関係のある損害は既に明らかにしたとおり右代金から昭和四七年五月三一日支払の手付金一〇〇万円、同年六月二日支払の中間金一〇〇万円計金二〇〇万円を差引いた残額金七六二五万三〇〇〇円となる。

2  固定資産税納入金

二五万七八五〇円

<証拠>によると原告は昭和四八年一一月三〇日固定資産税、都市計画税として前記金額を納入したことが明らかであり、これは本来過誤納分として原告に還付さるべき性質の金員ではあるが、還付のなされた事実を認めるに足りる証拠はなく、還付請求権自体既に消滅時効にかかるものと解する余地も存し、前記登記官の過失と相当因果関係にある損害として計上するのが相当である。

3  原告は地盤調査費用金九万九〇〇〇円(請求原因5の(三))、地形測量費用金二万七三〇〇円(同(四))、分譲マンシヨン建築費用金九五〇万円(同(五))、設計料金七〇万円(同(六))、借入金利息金八二五万二三六四円(同(七))、印紙費用金二万八〇〇〇円(同(八))も前記登記官の過失と相当因果関係にある損害と主張するが、これらの支出は本件土地買受後原告の本件土地利用計画に関して生じたものであつて、予見可能性の点からも相当因果関係はないと解するのが相当であるから、前記登記官の過失による損害としては計上し得ない。

4  本件土地所有権移転登記費用金

一一二万三七〇〇円

原告は本件土地所有権移転登記及び佐賀銀行からの借入金に対して本件土地に根抵当権を設定した費用として合計金一三八万三九〇〇円を損害として請求するところ、被告は所有権移転登記費用として金一一二万三七〇〇円を要したことを認めるから、同額の金員を損害として計上することは、これを肯認すべきであるが、その余は、さきに説示したように相当因果関係にない費用として損害に計上できない。

5  司法書士費用金 五〇〇〇円

原告は右各登記に要した司法書士費用金一万二三〇〇円を損害と主張するが(請求原因5の(一〇))、<証拠>によると、本件土地所有権移転登記に要した司法書士費用は金五〇〇〇円であることが認められるので、同額を損害として計上することは許されるが、その余は失当である。

6  別訴の和解による支払金

四七万八三〇〇円

<証拠>によると原告は別訴において葛生清の支出した訴訟費用金四七万八三〇〇円を支払う旨の和解をなしたことが認められ、これは止むを得ない損害として相当因果関係にあるものと解するのが相当である。

7  原告は右和解による原状回復工事代金三五七万円を損害として主張するが、これはさきに排斥した土地利用につらなる支出であつて相当因果関係ありとはなし得ないので損害として計上し得ない。

8  弁護士費用金  八〇〇万円

<証拠>によると本訴遂行の弁護士費用として原告は金一〇〇〇万円を判決がおりた時点で支払を約したことが認められるが、本訴の難易、認容金額、その他諸般の事情を考慮して前記登記官の過失と相当因果関係にある損害としては右の弁護士費用のうち金八〇〇万円を計上するのが相当である。

三以上の次第で合計金八六一一万七八五〇円が前記登記官の過失と相当因果関係にある損害として肯認すべきであり、その余は失当として棄却を免れない。

第三過失相殺について<省略>

第四結論

以上の次第で、被告は国家賠償法第一条第一項に基づき原告に対し合計金八六一一万七八五〇円及びそのうち金七七三八万一七〇〇円につき原告の請求する不法行為後の昭和四八年一月一日から、金二五万七八五〇円につき原告の請求する昭和五〇年三月一日から、残金八四七万八三〇〇円につき原告の請求する本判決云渡の日の翌日である昭和五四年五月一五日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて右の限度において原告の本訴請求を認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し、なお、仮執行の宣言は事案と被告の支払能力を考慮して、これを付さないこととして主文のとおり判決する。

(麻上正信 板垣範之 小林孝一)

物件目録

東京都渋谷区広尾一丁目五七番

一 宅地  512.39平方米

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